マイル修行は何を競っていたのか、ANA SFCが30年の前提を変えた日に考える

マイル修行という言葉を初めて聞いたのは、数年前のことだった。飛行機に乗ることを目的に飛行機に乗る。目的地に着くためではなく、ポイントを積むために早朝の羽田から沖縄へ飛び、その日のうちに引き返す。修行という言葉の選び方が、絶妙だと思った記憶がある。

2026年4月23日、ANAはスーパーフライヤーズカード(SFC)の制度変更を発表した。2028年4月から、年間のカード決済額が300万円を下回る会員はラウンジを利用できなくなる。30年近く続いてきた「一度取れば一生」という前提が、静かに書き換えられた。

私はSFC会員でも、マイル修行の経験者でもない。それでもこの制度変更には、何か引っかかりを覚えた。改悪か改善かという話ではなく、もっと根本的な問いがそこにある気がする。

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「一度取れば一生」という約束があった

SFCとはどんな制度か、まず整理しておきたい。ANAにはプラチナ、ダイヤモンドといった年間搭乗実績に基づく上級会員制度がある。これらは毎年の搭乗実績で判定されるため、飛び続けなければステータスは翌年には失われる。

一方、SFCは異なる仕組みだ。ANAのプラチナ会員資格を1年間で達成すると、ANAスーパーフライヤーズカードへの入会資格が得られる。このカードを持ち続ける限り、年会費を払うだけで上級会員と同等の特典が永続的に維持される。空港ラウンジの利用、優先搭乗、手荷物の優先受け取り、スターアライアンス・ゴールドの資格。たとえその年に飛行機に一度も乗らなくても、これらが使えた。

プラチナ資格を1年で取るために、人々は修行をする。年間5万プレミアムポイントを貯めるべく、羽田と沖縄を繰り返し往復したり、国際線を複数回乗り継いだりする。費用は20万円以上かかることもある。それでも修行が成立するのは、「一度だけ頑張れば、あとは年会費だけでいい」という設計があったからだ。

修行は、一種の通過儀礼としても機能してきた。飛行機に何十回も乗り、お金と時間を費やして達成したという事実が残る。その体験が、ラウンジで過ごす時間に独特の重みを与えていた。同じラウンジにいる見知らぬ人も、おそらく同じような苦労を経てきた。それが、SFCという記号の背景にある文脈だった。

SFC制度の歴史は1990年代にさかのぼる。「頑張って乗ってくれた会員を生涯優遇する」という理念のもとで、30年近く続いてきた制度だ。修行文化が広まったのは2010年代に入ってからで、格安航空会社の台頭が大きく影響した。ピーチやジェットスターの登場で修行のコストが下がり、ブログやYouTubeで修行の全行程を記録・発信する文化が生まれた。修行僧・解脱という言葉がコミュニティの共通語になった。地上波のバラエティ番組で芸能人がSFC修行に挑む企画が組まれるほど、この文化は一般にも知られるようになっていった。コロナ禍では搭乗実績の積算倍増キャンペーンが重なり、SFC会員数はさらに膨らんだとされる。

ANA公式サイトにはかつてこんな文言があった。「ネームタグは、永遠に約束されたステイタスの証です」。その言葉が、この制度を支えてきた空気だった。

2028年4月から、何が変わるのか

2026年4月23日のANA発表内容を整理する。2028年4月から、SFC会員は年間のカード決済額によって2つの区分に分けられる。

年間300万円以上を決済した会員はSFC PLUSとなる。これまで通りANAラウンジが使え、スターアライアンス・ゴールドの資格も維持される。加えて毎年5,000マイルのボーナスも付与される。一方、300万円を下回った会員はSFC LITEとなり、ラウンジは使えなくなる。スターアライアンスの資格もシルバーへ降格する。優先搭乗や手荷物の優先受け取りは引き続き利用できる。

月換算すると、毎月約25万円の決済が必要になる計算だ。判定期間は2026年12月16日から2027年12月15日の1年間で、その結果が2028年4月のサービスに反映される。家族カードの利用分は本会員の決済額に合算されるため、家族全員の支出をANAカードに集約する方法も有効になる。ただし電子マネーへのチャージ分や、ANAカードからANA Payへの直接チャージ分は対象外となる。

注目すべきは、既存のSFC会員も例外なく対象に含まれる点だ。2027年12月15日までの1年間で300万円の決済実績を積まなければ、2028年4月からはラウンジが使えなくなる。例外はANAグループ便で100万ライフタイムマイルを達成した会員のみで、この場合は決済額を問わずPLUSが確定する。

退会にはならない。カードを持ち続けることはできる。ただ、ラウンジという場所が、決済額によって線引きされる。

マイル修行は、何を目指す競技だったのか

修行という言葉には、自ら課した試練を乗り越えるニュアンスがある。ストイックな響きも、どこかユーモラスな自嘲も含まれている。目的地のない飛行機に乗ることは、世間的には奇妙な行為だ。それでも多くの人が修行を選んだのは、ゴールが明確だったからだと思う。

プラチナ資格を取得し、SFCに申し込む。そこがゴール。あとは毎年の年会費を払うだけでいい。永続。その一言が、修行の苦労に対する最大の報酬だった。

外から眺めると、それはゲームに似ている。ルールが決まっていて、攻略法があって、クリアすればご褒美がある。このゲームのご褒美は、一生有効だった。最短・最安でSFCを手に入れる攻略法を競い合う。それが修行コミュニティの暗黙のテーマだったと思う。

一度の修行で永続ステータスを得る、という設計は、日本的な価値観と相性がいい。入試や資格試験のように、一度突破すれば資格が残る仕組み。努力が報酬に結びつくことが、明確なルールのもとで約束されている。頑張った分が、ずっと先まで報われ続ける。そういう仕組みには、多くの人を惹きつけるものがある。

修行という言葉の響きには、もうひとつの側面がある。費用と時間をかけながら、あえてその意味を問わない。目的地に用がなくても飛ぶ。効率よりも達成を選ぶ。そのストイックさと、どこか笑えるような非効率さが、修行という言葉に収まっている。修行者のブログや動画を見ると、真剣なのか遊んでいるのか判然としない雰囲気が漂っている。その曖昧さも、修行文化の魅力だったのかもしれない。

修行が広まるにつれ、ANAの主要空港ラウンジは混雑するようになった。一度の修行で永続ステータスを得た会員と、毎年多くの運賃を払い続けるビジネス旅行者が、同じラウンジを共有することになった。上得意客を優遇する本来の設計と、実態のあいだに、少しずつずれが生じていた。

修行コミュニティでは今、制度変更への反応が続いている。修行に使ったお金が勿体なかった、JALへの移籍を検討する、決済修行に切り替える。さまざまな声が混在しているが、共通しているのは「30年続いた前提が変わった」という戸惑いだ。ルールが途中で変わるゲームを、誰も好まない。

月25万円の壁が見せるもの

年間300万円、月25万円というラインが何を基準に設定されたのか、ANAは明確には説明していない。公式から出ているのは、サービスを安定して維持していくため、というコメントにとどまっている。

ラウンジが混雑していたことは事実だ。一度の修行で永続的にラウンジを使える会員が増え続ければ、収容能力には限界が来る。継続的にカードを利用する顧客を優遇するという方向性は、ビジネスとして理解できる。

一方で月25万円というラインは、誰のためのものだろう。共働き世帯や事業者であれば、生活費や経費をカードに集約することで届くラインかもしれない。しかし一般的な会社員が個人消費だけで達成するには、相応の工夫が必要になる。マイラーコミュニティではすでに決済修行という言葉が広まっている。税金の支払いや公共料金の集約、家族カードの合算といった方法が共有され、修行の形が飛行機から決済に変わりつつある。

月25万円のラインは、修行コミュニティへのメッセージでもある。ANAに継続的に貢献していない会員のラウンジ利用を絞り込みたい、という意図は読み取れる。その線引きを合理的と見るか、約束の反故と見るかは、立場によって大きく変わる。

ここで立ち止まって考えたいのは、ステータスとは何かという問いだ。ラウンジに入れるかどうかは、どんな人間かを示すのだろうか。一度の修行で得た永続ステータスと、毎年300万円を使い続けなければ維持できないステータスは、同じものだろうか。前者は過去の努力の証明で、後者は現在の経済力の証明だ。ステータスの根拠が、行動から消費へと移行する。

クレジットカード業界では以前から、利用額によって特典を差別化する仕組みが一般的だ。年間の利用額が一定水準を超えると特典が上がる、という設計は珍しくない。ANAの制度変更は、航空会社のステータスをカードの利用特典に近づける動きとも言える。それが航空会社のステータスとして自然かどうかは、また別の問いになる。

それが良いか悪いかは、答えの出る話ではない。

マイル修行文化を外から眺めてきた立場から言うと、今回の制度変更は、30年続いてきた何かが終わった感じがする。ただしそれが何なのかは、よくわからない。修行した人たちの努力が否定されたわけではなく、ANAの判断がすべて間違っているわけでもない。ラウンジの混雑も、事業の持続性も、それぞれ現実の話だ。

一度取れば一生という言葉で人を動かしてきた制度が変わるとき、ステータスという概念そのものが問い直されている気がする。あのラウンジの席は何の証明だったのか、そしてこれから何の証明になるのか。

答えは、たぶん本人の数だけある。

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橙咲 華のアバター 橙咲 華 トウサキ ハナ

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Kカルチャー&謎を解説
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