「#」はシャープ?ハッシュ?井桁?呼び方が世代で違う本当の理由

ある記号の呼び方をめぐる投稿が、先日のXで一気に広がった。大きく映された「#」の画像に「これ、何て呼びますか」という一文。たったそれだけのクイズに、投稿直後から戸惑いと反論の声が相次いだ。シャープでしょ、と書く人がいる。いや、ハッシュタグだろう、と返す人がいる。井桁(いげた)です、と訂正する人もいれば、ナンバーだと何度言えば、と嘆く人もいた。

面白いのは、誰も間違っていないように見えることだ。呼び方で世代がバレる、という見出しがこの話題を加速させた。けれど本当に問われているのは、世代の話だろうか。同じ一つの記号に、なぜこれだけの名前が同居しているのか。そして、なぜ人はその呼び方をこんなにも語りたくなるのか。そこに、この記号の奇妙な来歴が透けて見える。

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そもそも「#」に正しい名前はあるのか

結論から言うと、正式な名前はある。Unicodeという文字コードの世界では、この記号はU+0023、英語で number sign と登録されている。日本語に直せば「番号記号」だ。番号の前に置いて「#2」のように使う、あの用法に由来する名前である。

日本語の伝統的な呼び名としては「井桁」がある。井戸のふちを木で「井」の字型に組んだ形に似ているからだ。英語圏に目を向ければ、イギリスでは hash、アメリカでは重さの単位とからめて pound と呼ぶことが多い。番号記号、井桁、ハッシュ、パウンド、ナンバーサイン。一つの記号に、これだけの正式・準正式な呼称がすでにある。

ところが、ここに奇妙な事実が一つ挟まる。これだけ名前があるのに、日本で暮らす多くの人は、そのどれでもない呼び方をしているのだ。その「どれでもない呼び方」が何なのかは、すぐにわかる。

シャープ・ハッシュ・井桁は何が違うのか

まず押さえておきたいのは、音楽の「♯」と記号の「#」が、見た目は似ていてもまったく別物だという点だ。音楽の嬰記号「♯」はUnicodeのU+266F、番号記号「#」はU+0023。コードからして別の文字として扱われている。

形にも違いがある。音楽のシャープは、五線譜の上で線に紛れないよう、縦の二本が垂直に立ち、横の二本が右上がりに引かれる。一方の番号記号は逆で、横の二本が水平に寝て、縦の二本がやや右に傾く。シャープは横が傾き、番号記号は縦が傾く。どちらが斜めになっているかが、ちょうど反対なのだ。日本でプッシュホンのボタンや投稿欄で目にするのは、ほぼすべて後者の「#」のほうである。電話機のボタンをよく見ると、これが音楽のシャープではないことに気づく人も多い。

「ハッシュタグ」という言葉についても、一つ整理しておきたい。厳密に言えば、ハッシュタグとは「#」という記号に語をつなげたタグ全体を指す呼び名で、記号そのものの名前ではない。記号だけを指すなら「ハッシュ」が本来は近い。とはいえ辞書も口語の広がりを認めており、記号そのものを「ハッシュタグ」と呼ぶ使い方も、いまや珍しくはない。ここまでで、呼び方の違いそのものは整理がついた。問題はここからだ。

呼び方は世代ではなく「最初に触れた機械」で決まる

呼び方で世代がバレる。この言い方には、半分だけ真実が含まれている。だが、世代そのものが呼び方を決めているわけではない。決めているのは、その人が人生で最初にこの記号と出会った場所、つまり「どの機械を通して触れたか」だ。

電話のプッシュホンで最初に出会った人は、これを「シャープ」と呼ぶ。音声案内が「シャープを押してください」と言い続けてきたからだ。ピアノや楽譜で先に「♯」に親しんだ人は、形の似たこの記号も「シャープ」と読み、しかも自分が正しいと確信している。印刷や出版の現場を通った人にとっては「井桁」が自然な呼称だ。そしてSNSから入った世代にとって、これは生まれたときから「ハッシュタグ」以外の何物でもない。

つまり呼び方の違いは、世代の優劣でも知識量の差でもない。その人が最初にこの記号に触れた技術の入口が、そのまま呼び名として残っているだけだ。プッシュホン、楽譜、活版、スマートフォン。こうして並べてみると、呼称の地層は、その人がどの技術とともに育ったかの記録そのものになっている。世代がバレるというより、最初に出会った時代がにじむ。そう言ったほうが近い。

この見方に立つと、呼び方の対立は少し違って見えてくる。シャープ派とハッシュ派は、どちらが正しいかを争っているのではない。それぞれが、自分の通ってきた入口の記憶を語り合っているのだ。

なぜ「シャープ」がここまで定着したのか

数ある呼び名のなかでも、日本では「シャープ」の浸透が突出している。本来は番号記号であり、音楽のシャープとも別物であるはずのこの記号が、なぜ国民的に「シャープ」と呼ばれるようになったのか。ここには、形が似ているという理由だけでは説明しきれない事情がある。

大きかったのは、電話という制度の力だ。プッシュホンが広まって以来、自動音声の案内は長年にわたり「最後にシャープを押してください」とアナウンスしてきた。一日に何度も耳にするこの一言が、世代を超えて「この記号はシャープと読むものだ」という認識を刷り込んでいった。言葉を覚えさせたのは個人の感覚ではない。毎日繰り返される制度のアナウンスのほうだったとも言える。

興味深いのは、国際的な取り決めではこの電話のキーを「シャープ」とは呼んでいないことだ。通信規格を定める国際機関の勧告では、このボタンの正式名称は「スクエア」とされている。それでも日本の耳には「シャープ」が定着した。しかも、電話だけの話ではない。プログラミング言語の「C#」は、規格上は番号記号と定義されながら、読み方は「シーシャープ」だ。テレビ業界では放送回数の「#100」を「シャープ100」と読む慣習がある。電話、IT、放送。まったく異なる分野で、同じ「シャープ」という読みが、それぞれ別々に根を張ってきた。

注意したいのは、これを単なる間違いと切り捨てられないことだ。国語辞典でさえ、この記号について「便宜的にシャープとよぶこともある」と記している。厳密には誤用でも、すでに社会に定着した通称として辞書が追認しているわけである。形が似ていたから、という見方と、制度が長年刷り込んだから、という見方。おそらくどちらか一方ではなく、両方が重なってこの定着は起きた。最初のきっかけは形の類似だったかもしれないが、それを全国民の習慣にまで育てたのは、繰り返されるアナウンスの力だった。

「呼び方なんてどうでもいい」という声をどう考えるか

ここまで読んで、呼び方なんて通じれば十分ではないか、と感じた人もいるだろう。実際、この話題には冷めた反応もある。代表的なものを三つ、並べてみたい。

一つは、通じればいいという実用の立場だ。シャープと言おうがハッシュと言おうが、相手に伝わるなら何の問題もない、という考え方には一定の筋が通っている。二つめは、世代論への異議だ。呼び方の違いを世代の物語に回収するのは雑で、結局は個人の経験のばらつきにすぎない、という指摘である。三つめは、むしろ正確さを重んじる立場からの批判だ。「#」と音楽の「♯」は厳密に別の記号にあたる。だから両者を混同して「シャープ」と呼ぶこと自体、本来は避けるべきだという見方もある。

これらの声は、どれももっともだ。どれが正しいかを一つに決める必要はないだろう。ただ、ここで一段だけ視点をずらしてみたい。どうでもいいはずの呼び方が、これほど多くの人を語りたくさせるのは、いったいなぜなのか。通じれば十分な記号のために、人はわざわざ自分の呼び方を表明し、他人の呼び方を訂正し、画像まで貼って違いを説明する。その熱量自体が、この記号が単なる記号ではないことを示しているのかもしれない。

正式名称を持たないまま、全員が毎日使っている

呼び方の調査では、結果がきれいに割れる。ある国語辞典の読み方投票を見てみたい。この記号を「ハッシュマーク」と呼ぶ人がおよそ七割、「ナンバーサイン」と呼ぶ人がおよそ二割。そんな数字が出ていた。多数派は存在しても、全員が一致する正解の呼び名は、現実にはどこにもない。

考えてみれば、これは不思議な状態だ。私たちは毎日のようにこの記号を打ち、検索し、投稿している。それなのに、その名前を全員が同じようには呼べない。正式名称は確かに存在するのに、それを使う人のほうが少ない。名前が一つに定まらないまま、誰もが当たり前に使い続けている記号。そんなものは、そう多くない。

だからこの話題は、世代がバレるというクイズで終わらせるにはもったいない。あなたはこの記号を、これまで何と呼んできただろうか。シャープか、ハッシュか、井桁か。その答えのなかには、あなたが人生で最初にこの記号と出会った場所が、静かに映り込んでいる。そして、いま生まれたばかりの世代が、最初にどの機械でこの記号に触れるのか。そのとき彼らがこれを何と呼ぶのかは、まだ誰にもわからない。

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橙咲 華のアバター 橙咲 華 トウサキ ハナ

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Kカルチャー&謎を解説
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