2026年の春、航空業界に異変が起きている。国際線の航空券を調べると、運賃とは別に「燃油特別付加運賃」という名目で数万円が上乗せされていることに気づく人が増えた。原因はイラン戦争だ。しかし「イランで戦争が起きたからサーチャージが上がった」という説明だけでは、何かが抜け落ちている気がしないだろうか。なぜ中東の戦争が日本の航空券に影響するのか。なぜ今すぐではなく6月から一気に上がるのか。そして「国際線の話」で終わるのか、国内線にも波及するのか。答えが出ていないことも含めて、この問いを整理してみたい。
2026年春、航空券に何が起きているのか
ANA・JALが発表している2026年4〜5月発券分の国際線燃油サーチャージは、欧州・北米方面でANAが片道31,900円、JALが29,000円となっている。一見大きな数字だが、これはまだ「据え置き」の水準だ。問題は6月発券分からで、ANA欧米片道で約55,000円、JALでも約50,000円に引き上げられる見通しが各メディアで報じられている。ただしこの数字は2026年4月13日時点では正式発表前であり、両社は4月中旬〜下旬に正式公表する予定としている。
欧州往復を1人で予約するとサーチャージだけで約10万円、家族4人なら40万円の追加負担になる計算だ。「旅行代金が高い」というより「サーチャージだけで旅行できる金額になった」という状況が、今起きている。
そもそも燃油サーチャージとは何か
燃油特別付加運賃、通称「燃油サーチャージ」は、航空運賃とは別建てで徴収される燃料費変動対応の追加料金だ。航空会社にとって燃料費はコスト全体の2〜3割を占めることもある最大のコスト項目であり、その変動リスクをある程度旅客に転嫁できる仕組みとして設計されている。国土交通省への届出制で、比較的迅速に改定できる。
金額の決まり方にはルールがある。参照するのはシンガポール市場で取引されるジェット燃料(ケロシン)の価格だ。ANA・JALともに直前2カ月のシンガポールケロシン平均価格と為替(円/ドル)を掛け合わせた円貨換算額を算出し、事前に公開しているゾーン表と照らして金額を決める。2026年4〜5月発券分の算定基準は、2025年12月〜2026年1月の平均ケロシン価格84.26ドル/バレル、為替156.27円で計算されたものだ。
ここで重要なのが約2カ月のタイムラグだ。2月28日にイラン攻撃が始まったとしても、その影響が反映されるのは算定・申請・届出のプロセスを経た2カ月後の発券分からになる。だから4〜5月は据え置きで、6月から一気に跳ね上がる。「戦争が起きたのになぜ今の航空券は安いのか」と感じた人がいれば、それはこのタイムラグのせいだ。
イラン戦争からサーチャージ急騰までの因果チェーン
2026年2月28日、米国・イスラエルがイランへの大規模攻撃を開始した。イランは報復としてホルムズ海峡を事実上封鎖する行動に出た。ホルムズ海峡は世界の原油輸送量の約2割が通過する、いわば石油の咽喉だ。ここが閉じられるという見通しが立っただけで、原油市場は即座に反応した。
WTI原油は攻撃前の約67ドル/バレルから、3月には91ドル台、4月初旬には一時114ドルを超えた。シンガポールケロシンも連動して急騰し、3月以降は130〜200ドル台で推移する場面もあった。日本は原油の大半を中東から輸入しており、輸送コスト上昇と実際の調達難が同時に直撃した。
さらに円安という変数が加わった。2026年3〜4月にかけてドル円は159円台まで進行し、2024年7月以来の円安水準となった。サーチャージの算定式はドル建てのケロシン価格に円ドル為替を掛けるため、原油高と円安が重なると円建てコストは二重に膨らむ。「なぜ日本の旅行者だけこんなに高いのか」という感覚は、この為替効果による部分が大きい。
どのくらい値上がりするのか――ANA・JAL比較と過去最高との距離
現時点で確定している数字と、報道ベースの見通しを整理しておく。4〜5月発券分はANA・JAL公式で確定している。6〜7月分は2026年4月13日時点では正式発表前であり、以下は複数メディアの報道に基づく見通しだ。
| 区間(片道) | ANA 4〜5月(確定) | ANA 6〜7月(見通し) | JAL 4〜5月(確定) | JAL 6〜7月(見通し) |
|---|---|---|---|---|
| 欧州・北米 | 31,900円 | 約55,000円 | 29,000円 | 約50,000円 |
| 東南アジア | 16,300円 | 未発表 | 未発表 | 未発表 |
| 韓国 | 3,300円 | 約6,500円 | 3,300円 | 約5,900円 |
ANA・JALで金額が異なる点も見落としやすい。4〜5月の欧米でANAとJALに2,900円の差があり、6〜7月見通しでは5,000円の差が生じている。同じ路線・同じ時期でも航空会社によって負担額が変わる。
過去最高は2022年10〜11月発券分で、JALの欧米片道が57,200円、ANAが約58,000円だった。ロシアのウクライナ侵攻と歴史的な円安が重なった時期だ。今回の6〜7月見通しはその水準にあとわずかで届く。現行のゾーン表の上限値に達しており、原油高騰が続けばサーチャージ制度そのものの改定を議論する必要が出てくると指摘する声もある。
国内線には本当に影響がないのか
「サーチャージは国際線だけ」という報道が多いが、これは現時点での話だ。制度上、現在の国内線にはサーチャージという仕組みが存在しない。だからといって国内線が完全に無関係とは言い切れない状況になってきている。
まずANAは2026年5月19日搭乗分から国内線の運賃体系を大幅にリニューアルする。従来の複雑な割引運賃の体系を整理し、「シンプル」「スタンダード」「フレックス」の3種類に統合する変更だ。この改編自体は燃料高騰との直接的な因果関係が公表されているわけではないが、割引座席の設定が変わることで繁忙期に安い席がより取りにくくなるという指摘が一部で出ている。
より直接的なのがスカイマークの動向だ。スカイマークは2027年春に国内線へのサーチャージ導入を検討していると報じられている。JALも2027年4月以降の国内線サーチャージ導入を検討中とされる。これらはまだ検討段階であり確定していないが、複数の航空会社が同じ方向を向いていることは無視しづらい。
整理すると、今すぐ国内線サーチャージが導入されるわけではない。しかし燃料費という根本的なコスト圧力は国内線にも等しくかかっており、それが運賃体系の見直しや将来の制度変更という形で間接的に表れてきている。「国際線の話」として読み流せる問題ではない可能性がある。
過去の戦争・紛争時と何が違うのか
航空サーチャージが戦争や紛争で急騰した事例は過去にもある。1991年の湾岸戦争、2003年のイラク戦争、そして2022年のロシアによるウクライナ侵攻だ。毎回「中東リスク」や「供給不安」がトリガーとなってきた。では今回は何が違うのか。
最大の違いは「ホルムズ海峡の直接封鎖」という事態の深刻さだ。ウクライナ侵攻は主にロシア産原油の供給減が問題だったが、ホルムズ海峡は世界の原油輸送の約2割が通過する物理的な要所だ。ここが封鎖されると中東産油国全体からの輸出に影響が及ぶ。日本のように中東依存度が高い国は直接打撃を受ける構造になっている。
もうひとつの違いは、停戦が成立しても価格が高止まりしやすい点だ。2週間の停戦合意が報じられた4月8日、WTI原油は前日比で約19%急落した。しかし協議が続く中で再び上昇に転じた。市場は「完全解決」ではなく「再燃リスク」を常に織り込む。停戦が繰り返される限り、原油価格の乱高下も続く可能性が高い。
これからどうなるのか――答えのない問いに複数の見通しを置く
今後のシナリオは大きく2つに分かれる。
停戦が定着し、ホルムズ海峡が段階的に正常化するシナリオでは、原油価格は緩やかに低下し、2026年後半以降のサーチャージは引き下げに向かう可能性がある。過去のウクライナ侵攻後も、2023年以降は段階的に水準が下がっていった。夏の航空券が高くても、秋以降は落ち着くという展開はありうる。
一方、紛争が長期化・複雑化するシナリオでは話が変わる。原油高と円安が重なったままの状況が続けば、2022年の過去最高値を突破し、現行ゾーン表の上限を超えて制度改定が必要になる可能性もある。国内線サーチャージの導入議論が本格化するとしたら、このシナリオの下だろう。
どちらになるかは停戦交渉の行方と中東の地政学的安定性にかかっており、現時点で断言できる立場にある人間はいない。わかっていることは、今年の夏の海外旅行は確実に高くなること、国内線への波及は今すぐではないが可能性がゼロではないこと、この2点だけだ。「サーチャージが上がった」という結果の背後にある構造を知っておくことが、今後の値動きを自分なりに読む手がかりになるかもしれない。

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