2025年11月16日、東京・有明アリーナで開催された「ONE 173: Superbon vs. Noiri」は、格闘技界の歴史に深く刻まれる一日となりました。キックボクシング、ムエタイ、MMA、サブミッショングラップリングという多岐にわたるルールで、世界最高峰のファイターたちが激突。特に、日本人選手の活躍は目覚ましく、複数の世界タイトルマッチと注目のカードで、会場に詰めかけた観衆を熱狂させました。本稿では、このメガイベントの全貌を、単なる速報に留まらない詳細な分析と考察を交えてお届けします。
メインイベント：新時代の幕開け、野杁正明が統一王者に
大会のクライマックスを飾ったのは、ONEフェザー級キックボクシング世界王座統一戦、正規王者スーパーボン（タイ）と暫定王者・野杁正明（team VASILEUS）の一戦です。この試合は、ONEキックボクシング部門におけるアジアと世界の頂点を決める、まさに運命の一戦でした。
試合は、野杁が序盤から積極的なプレッシャーをかけ、スーパーボンの得意とする距離を潰す展開で進みました。スーパーボンは、その卓越したミドルキックと首相撲からの膝で応戦しようとしますが、野杁は巧みなフットワークとガードでこれを封じます。特に、野杁の右ストレートと左フックは、スーパーボンの顔面を何度も捉え、王者を後退させる決定的な要因となりました。
中盤以降、スーパーボンも経験と技術で試合を立て直そうとしますが、野杁のスタミナと手数、そして何よりも「絶対に勝つ」という強い意志が上回ります。最終ラウンドまで一進一退の攻防が続きましたが、クリーンヒット数とアグレッシブネスで優位に立った野杁が、判定3-0で勝利。正規王者の座を奪取し、ONEフェザー級キックボクシングの統一王者に輝きました。
試合後のリングで野杁は「ベルトを持って立っているのは僕なんで」と勝利を確信していたことを明かし、「ONEのフェザー級は俺の時代」と力強く宣言。この勝利は、野杁のキャリアにおける最大の偉業であると同時に、日本のキックボクシング界が世界に誇る新たなエースの誕生を告げるものでした。
涙のTKO勝利と電撃引退表明：武尊が描く最後のドラマ
メインイベントに匹敵する注目を集めたのが、元K-1世界3階級制覇王者・武尊（team VASILEUS）の再起戦です。今年3月のロッタン戦での敗北から8か月、デニス・ピューリック（カナダ／ボスニア・ヘルツェゴビナ）を相手に、武尊は「どんな勝ち方でもいい。死に物狂いで勝ちを取りに行く」と誓ってリングに上がりました。
試合は、武尊の覚悟が凝縮されたような激しい展開となりました。1ラウンド、武尊は左フックからの右ストレートでピューリックからダウンを奪取。さらにラウンド終了間際にもパンチの連打で2度目のダウンを奪い、圧倒的な支配を見せつけます。2ラウンドに入っても武尊の勢いは衰えず、強烈なローキックでピューリックを追い詰め、最後はパンチの猛攻でレフェリーが試合をストップ。2ラウンドTKO勝利という最高の形で再起を果たしました。
しかし、この勝利の直後、武尊は涙ながらに衝撃的な発表を行います。
「僕は次の試合で現役引退します」
そして、そのラストマッチの相手として、3月に敗れたロッタン・ジットムアンノンとの再戦を要求。リングサイドで観戦していたロッタンもこれに応じ、「私でよければやります」と快諾。武尊の引退試合は、格闘技ファンが最も望む夢のカードとして、実現に向けて大きく動き出しました。この一連のドラマは、武尊というファイターが持つカリスマ性と、ONE Championshipという舞台が持つ物語性を象徴しています。
日本人初の快挙：吉成名高が初代ムエタイ世界王者に
もう一つの歴史的な瞬間は、初代ONEアトム級ムエタイ世界王座決定戦で生まれました。ムエタイ界の至宝、吉成名高（エイワスポーツジム）が、39連勝中の勢いそのままに、ヌンスリン・チョー・ケットウィナー（タイ）を相手に激突しました。
吉成は、試合前の公言通り、ムエタイの技術を駆使して試合を支配。ヌンスリンの攻撃を冷静に見切りながら、正確なミドルキックと首相撲からの膝でポイントを重ねます。そして3ラウンド、吉成の猛攻によりヌンスリンが負傷し、レフェリーストップによるTKO勝利。吉成名高は、日本人として初めてONEムエタイ世界王座を獲得するという偉業を成し遂げました。
この勝利は、吉成が長年培ってきたムエタイ技術の正しさを世界に証明するものであり、日本のムエタイ界にとって計り知れない価値があります。試合後、吉成は「今までのムエタイ人生の一つの区切り」と語り、このベルトが自身のキャリアにおける大きな節目であることを強調しました。
タイトルマッチと日本人選手の奮闘：大会を彩った激闘の数々
ONE 173では、上記以外にも多くの日本人選手が世界に挑み、激闘を繰り広げました。
若松佑弥、盤石の初防衛
ONEフライ級MMA世界タイトルマッチでは、王者・若松佑弥（TRIBE TOKYO MMA）が、2階級制覇を狙うジョシュア・パシオ（フィリピン）を相手に初防衛戦に臨みました。若松は、パシオのテイクダウンを徹底的に警戒し、得意の打撃でプレッシャーをかけ続けます。5ラウンドを通して、若松の打撃の正確性とディフェンス能力が光り、判定3-0で勝利。盤石の強さを見せつけ、王座防衛に成功しました。
安保瑠輝也、世界トップの壁に挑む
フェザー級キックボクシングでは、安保瑠輝也（MFL team CLUB es）が、世界トップクラスのマラット・グレゴリアン（アルメニア）と対戦。安保は果敢に打ち合いを挑みましたが、グレゴリアンの強烈なプレッシャーとローキックに苦戦。2ラウンド以降は劣勢となり、判定3-0で敗れました。しかし、最後まで諦めずに打ち合う姿勢は、観衆に強い印象を残しました。
与座優貴、大金星を挙げる
バンタム級キックボクシングでは、与座優貴（team VASILEUS）が、ムエタイのレジェンドであるスーパーレック・キアトモー9（タイ）を相手に大金星を挙げました。与座は、スーパーレックのミドルキックに対し、カーフキックとローキックで対抗。3ラウンドにはカーフキックが効き始め、スーパーレックの動きを鈍らせることに成功。パンチの打ち合いでも一歩も引かず、判定3-0で勝利を収めました。この勝利は、与座が世界のトップ戦線に食い込むための大きな足がかりとなるでしょう。
KANA、元女王を撃破
アトム級キックボクシングでは、KANA（team Aftermath）が、元女王スタンプ・フェアテックス（タイ）と対戦。KANAは、強いプレッシャーで前進し、スタンプとの真向勝負の打ち合いを展開。2年ぶりの復帰戦となったスタンプを圧倒し、判定3-0で勝利。KANAの勝利は、この階級における新たな勢力図を示唆しています。
青木真也 vs 手塚裕之：世代交代の予感
ライト級MMAの日本人対決、青木真也（BAMF）vs 手塚裕之（山田道場/TGFC）は、世代交代の予感を感じさせる一戦となりました。1ラウンドは青木が得意のグラウンドで優位に立ちましたが、2ラウンドに手塚が青木を倒し、パウンドと膝蹴りでTKO勝利。手塚は、レジェンド青木を相手に勝利を収め、自身のキャリアを大きく前進させました。
大会総括と格闘技界への影響
ONE 173は、単に豪華なカードが揃っただけでなく、日本の格闘技界の未来を占う上で非常に重要な大会となりました。
| 選手名 | ルール | 対戦相手 | 結果 | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| 野杁正明 | キックボクシング | スーパーボン | 判定3-0 勝利 | フェザー級統一王者 |
| 武尊 | キックボクシング | デニス・ピューリック | 2R TKO 勝利 | 再起戦勝利、引退表明 |
| 吉成名高 | ムエタイ | ヌンスリン | 3R TKO 勝利 | 初代アトム級世界王者 |
| 若松佑弥 | MMA | ジョシュア・パシオ | 判定3-0 勝利 | フライ級王座初防衛 |
| 与座優貴 | キックボクシング | スーパーレック | 判定3-0 勝利 | 大金星 |
| KANA | キックボクシング | スタンプ | 判定3-0 勝利 | 元女王を撃破 |
| 安保瑠輝也 | キックボクシング | マラット・グレゴリアン | 判定3-0 敗北 | 世界トップの壁 |
| 手塚裕之 | MMA | 青木真也 | 2R TKO 勝利 | レジェンド超え |
| 澤田千優 | MMA | 平田樹 | 判定3-0 勝利 | 日本人対決を制す |
| 秋元皓貴 | キックボクシング | ウェイ・ルイ | 判定3-0 勝利 | 豪華カードの口火を切る |
この大会で、野杁正明と吉成名高という二人の日本人世界王者が誕生したことは、日本の格闘技界にとって大きな財産です。また、武尊の引退表明とロッタンとの再戦要求は、次なるONE日本大会への期待値を最高潮に高めました。
このイベントが持つ付加価値は、単なる試合結果の提供に留まりません。それは、各試合の背景にある選手のストーリー、技術的な分析、そして今後の格闘技界の勢力図を理解することにあります。
この大会の結果は、日本の格闘技が世界トップレベルで戦えることを証明し、若い世代のファイターたちに大きな夢を与えました。ONE Championshipは、今後も日本市場を重要視し、さらに多くの日本人選手が世界に挑戦する機会を提供していくでしょう。
終わりに
ONE 173は、まさに格闘技の祭典と呼ぶにふさわしい一日でした。野杁正明の統一王座獲得、吉成名高の初代王座獲得、そして武尊の感動的なドラマ。これらの出来事は、格闘技というスポーツが持つ熱狂と感動を改めて世界に示しました。この熱狂は、単なる一過性のブームではなく、日本の格闘技界が新たな黄金時代を迎えるための確かな一歩となるでしょう。この歴史的な大会の詳細な記録と分析が、格闘技を愛する皆様の深い理解の一助となれば幸いです。
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