導入:静かなる謎、7人目の“博士”の存在
土曜ドラマ「良いこと悪いこと」は、タイムカプセルから発見された、6人の顔が黒く塗りつぶされた卒業アルバムをきっかけに、小学校時代の同級生たちの間で起こる不審死を描くノンストップ考察ミステリーです。物語が進むにつれて、この事件の背後には、彼らが小学校時代に犯した「罪」と、その罪によって人生を狂わされた「被害者」の存在が浮かび上がってきます。
その中でも、物語の核心に迫る最大の謎の一つが、「7人目の博士」と呼ばれる人物の正体です。主人公である高木(間宮祥太朗)たちの仲良しグループは、当初6人組として描かれていましたが、物語の途中で「誰も覚えていない7人目」の存在が示唆されます。そして、その7人目こそが、クラスメイトから「博士」と呼ばれていた人物であると判明します。名前だけが示されたこの人物は、一体誰なのでしょうか。そして、なぜ彼は仲間に忘れ去られ、沈黙を保ちながら、現在の事件に関与しているのでしょうか。
本稿では、作中に散りばめられたあらゆる伏線、視聴者の間で交わされている様々な考察、そして物語の根底に流れる哲学的テーマを多角的に分析し、この「博士」の正体と、彼が物語に与える意味について深く掘り下げていきます。
第1章:作中に散りばめられた「博士」の伏線
「博士」の存在は、物語の進行とともに断片的に示されてきました。これらの伏線を整理することで、彼の人物像と事件における役割の輪郭が見えてきます。
1.1. 忘れられた7人目と掲示板の接触
高木たちのグループに「7人目」がいたという事実は、彼らの記憶の曖昧さと、過去の罪の深さを象徴しています。彼らは、自分たちの都合の良いように過去を「編集」し、都合の悪い存在を「忘却」することで、平穏な現在を築いてきたのです。
この忘れられた存在である「博士」が、物語に再登場するきっかけとなったのが、羽立(森優作)が見つけた小学校の掲示板サイト「鷹里小の森」です。誰も使っていないはずのその掲示板で、羽立は「博士」と名乗る人物と接触します。
「覚えてるよ、博士だろ?」 「あの7人で覚えているのは、ちょんまげだけだ」
このやり取りは、博士が物理的に生存しているだけでなく、彼が過去のグループの中で「忘れられた存在」であったことを痛烈に示しています。羽立だけが彼を覚えていたという事実は、羽立が他のメンバーとは異なる罪悪感を抱いているか、あるいは博士との間に特別な関係性があったことを示唆しています。
1.2. 昆虫博士の夢と「堀遼太」という名前
「博士」の正体を特定する上で最も具体的な手掛かりとなるのが、タイムカプセルから出てきた**「みんなの夢の絵」です。この絵の中に、「昆虫博士」になりたいという夢を描いた少年がいました。そして、この絵を描いた人物の名前が「堀遼太(ほりりょうた)」**であることが、一部の情報から判明しています。
「博士」というあだ名と「昆虫博士」という夢が一致することから、「博士」の正体は堀遼太であるという説が最も有力視されています。しかし、この「博士」というあだ名には、単なる夢との一致以上の、深い皮肉が込められている可能性があります。知識を誇る「博士」という名前を与えられながら、彼は仲間に理解されず、最終的には記憶から消し去られてしまったのです。
1.3. 担任・大谷先生の「協力」
事件のもう一人のキーパーソンとして浮上したのが、当時の担任であった大谷先生(赤間麻里子)です。彼女は現在、鷹里小の校長を務めていますが、物語の終盤で、彼女がタイムカプセルを掘り起こし、卒業アルバムの顔を塗りつぶし、そして「みんなの夢」の内容を犯人に教えた協力者であることが強く示唆されます。
大谷先生が終盤で「もうやめませんか」と懇願する電話の相手こそが、事件の首謀者、すなわち「博士」=「堀遼太」ではないかという考察が成り立ちます。彼女が協力した背景には、彼女自身の**「事なかれ主義」的な態度や、過去に博士が受けたいじめを見過ごした**という罪悪感があると考えられます。彼女は、自らの過去の過ちを償うために、事件への加担という「悪いこと」に手を染めてしまったのかもしれません。
第2章:有力候補の徹底検証:堀遼太説とイマクニ説
「博士」の正体については、主に二つの有力な説が視聴者の間で議論されています。一つは具体的な伏線に基づく堀遼太説、もう一つは物語の象徴性に基づくイマクニ説です。
2.1. 堀遼太説の具体性と動機
堀遼太説の最大の根拠は、前述の通り「昆虫博士」の夢の絵です。さらに、堀遼太はクラスメイトから「ドの子」と呼ばれていじめられていたという情報も存在します。
| あだ名 | 博士 / ドの子 | 知識人としての「博士」と、いじめの対象としての「ドの子」という二つの顔。いじめの被害者としての深い恨み。 |
| 夢 | 昆虫博士 | 夢を否定され、忘れ去られたことへの復讐。 |
| 行動 | 掲示板での接触 | 忘れられた存在から、事件の首謀者として自らの存在を証明しようとする強い意志。 |
堀遼太が「ドの子」と呼ばれていたとすれば、彼の動機は明確になります。いじめの被害者として、自分をいじめた者たち、そして自分を忘れ去った者たちへの復讐です。彼の行動は、単なる殺人事件ではなく、過去の罪を裁くための**「見立て殺人」であり、彼自身の存在を彼らの記憶に刻み込むための「記憶の再構築」**の試みであると解釈できます。
2.2. イマクニ説の象徴性と偽装
もう一つの説として、スナック「イマクニ」の店主、今國一(いまくに はじめ)が「博士」の正体ではないかという考察があります。
今國は、店で提供する酒の種類が150種類あり、全て飲んだ客には幻の151種類目の酒を用意していると語ります。これは、人気ゲーム「ポケットモンスター」の初期のポケモンが151種類であったことにちなんだパロディであり、彼の名前「イマクニ」も、ポケモンの関連人物である「イマクニ?」を彷彿とさせます。
この「イマクニ」という名前と設定は、意図的な「偽装」の匂いを強く感じさせます。もし堀遼太が名前を変えて「今國一」として生きているとすれば、それは「記憶を変装した復讐者」という構図になります。彼は、過去の自分を捨て、新しいアイデンティティ(偽名)を纏うことで、復讐を遂行しているのかもしれません。
また、第5話で、イマクニの常連客である宇都見啓(木村昴)が実は刑事であったことが判明しました。この宇都見が、実は「博士」の協力者、あるいはもう一人の「博士」ではないかという説も存在します。物語は、単なる一人の犯人ではなく、複数の人物が関与する共犯構造を示唆しており、イマクニと宇都見の関係性も、今後の展開の鍵を握るでしょう。
第3章:物語の哲学的テーマと「博士」の象徴性
「良いこと悪いこと」は、単なるミステリードラマではなく、人間の**「善と悪」、「罪と赦し」、そして「記憶と忘却」**という普遍的なテーマを深く掘り下げた哲学的ドラマでもあります。「7人目の博士」の存在は、これらのテーマを象徴する装置として機能しています。
3.1. 善悪の境界線と「沈黙の博士」
ドラマのタイトルが示すように、物語は常に「良いこと」と「悪いこと」の境界線を問いかけます。高木たちは、自分たちのいじめを「ちょっとした悪ふざけ」という「良いこと」として記憶から消し去りましたが、それは被害者にとっては人生を狂わせる「悪いこと」でした。
他の登場人物たちが、自らの過去の罪や現在の行動について、様々な議論や葛藤を繰り広げる中で、「7人目の博士」は沈黙を保っています。この沈黙こそが、彼の最大のメッセージであると解釈できます。
「答えを出さない」という選択こそが、善悪の境界線を示す最も誠実な方法だったのかもしれない。
彼は、完全な正義も完全な悪も存在しないという、物語の根幹にあるテーマを体現しています。彼の不在は、高木たちの「忘却」という罪を浮き彫りにすると同時に、彼自身が復讐という「悪いこと」に手を染めることで、善悪の境界を曖昧にしているのです。
3.2. 「7」という数字の持つ象徴性
「7人目の博士」という設定には、「7」という数字が持つ象徴的な意味が深く関わっています。
| 象徴性 | 意味 | 物語への示唆 |
| 完成と調和 | 古代から「7」は完全な数とされる。 | 6人組の不完全な世界に、彼が加わることで「完成」された復讐劇が始まる。 |
| 超越的視点 | 6までの世界に一つ上の次元を加える数。 | 博士は、高木たちの世界観や倫理観を超越した視点から、彼らを裁いている。 |
| 七つの大罪 | キリスト教における人間の根源的な罪。 | 博士の復讐は、高木たちの「傲慢」「嫉妬」などの罪に対する裁きである可能性。 |
彼は、高木たちのグループの**「欠落」を埋める存在であり、彼らの世界を外側から見つめる「超越的視点」を体現していると言えます。彼の行動は、単なる個人的な復讐を超え、彼らの過去の罪に対する普遍的な裁き**として描かれているのかもしれません。
3.3. 記憶とアイデンティティの再構築
「博士」の正体とは、結局のところ、「思い出す者の心の中」にあるのかもしれません。彼が物理的に誰であるかという問いの裏には、「誰が彼を忘れたのか」という、より痛烈な問いが潜んでいます。
高木たちは、自分たちの記憶を「良いこと」だけに残し、「悪いこと」を担う「博士」を忘却しました。しかし、事件を通して、彼らは強制的に過去と向き合わされ、忘れていた「博士」の存在を「思い出す」ことを強いられます。
このドラマは、「記憶の再構築ドラマ」としての側面を持っています。堀遼太がイマクニとして名前を変えたとすれば、それは彼自身のアイデンティティの再構築であり、復讐を遂行するための「変装」です。そして、高木たちが博士の正体を突き止めることは、彼らが過去の罪を認め、自分たちのアイデンティティを再構築するプロセスでもあるのです。
結論:博士の正体は、あなたの心の中に
「良いこと悪いこと」における「7人目の博士」の正体は、現時点では断定できません。しかし、これまでの考察を総合すると、堀遼太説が最も具体的な伏線に裏打ちされた有力な説であると言えます。
| 説 | 根拠 | 象徴性 |
| 堀遼太説 | 「昆虫博士」の夢の絵、「ドの子」としてのいじめ被害。 | 忘れられた被害者による、過去の罪への具体的な復讐。 |
| イマクニ説 | 名前のパロディ、偽装の可能性、宇都見刑事との関係。 | 記憶を変装した復讐者、物語の裏側で暗躍する共犯構造。 |
しかし、この物語の真の面白さは、単なる犯人当てに留まりません。「博士」の正体が誰であれ、彼の存在は、私たちに「良いこと」と「悪いこと」の境界線、そして「忘却」という罪の重さを問いかけています。
彼の行動は、いじめの被害者としての正当な裁きなのか、それとも復讐という新たな「悪いこと」なのか。その答えは、この物語を追う一人ひとりの心の中に委ねられています。今後の展開で、彼の正体が明らかになる瞬間、私たちは、自分自身の過去と、そこで犯したかもしれない「忘却」という罪と向き合うことになるでしょう。
この深層考察が、物語の更なる理解の一助となり、今後の展開をより深く楽しむための視点を提供できれば幸いです。

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