【考察】転スラ蒼海の涙 ゾドンの動機と正体|堂本光一が声に込めた”反骨精神”から読み解く

画像引用:(C)川上泰樹・伏瀬・講談社/転スラ製作委員会

※この記事には劇場版 転スラ「蒼海の涙編」のネタバレが含まれます。未視聴の方はご注意ください。

劇場版 転スラ「蒼海の涙編」を観た人の間で、最も多く聞こえてくる不満がこれです。

「ゾドンって結局何者だったの?」「なぜ世界の覇者を目指したのか全然わからない」「神の名を口にした理由は?」

Yahoo!知恵袋でも映画.comのレビューでも、敵サイドの掘り下げ不足を指摘する声が圧倒的に多い状況です。

この記事では、劇中の描写と堂本光一さんのインタビュー証言、そして原作の世界観設定を手がかりに、ゾドンの動機と力の正体を考察していきます。

目次

ゾドンとは何者か?カイエン国の権力構造を整理する

まず劇中で提示された事実を整理しましょう。

ゾドンの役職は、海底国家カイエン国の大臣です。カイエン国を実質的に取り仕切っているのが宰相ジース(CV:遊佐浩二)で、公式サイトの設定文にもゾドンはジースの命令を受けて動いていると記載されています。建国以来の天才とされるジースの絶対的な信頼を得た人物の下で、長年働いてきたのがゾドンという存在です。

ここで多くの観客が混乱したポイントがあります。劇中の描写だけ見ると、ゾドンが独断で水竜覚醒を画策しているようにも見えるし、ジースの指示で動いているようにも見える。表向きはジースの忠実な部下として振る舞いながら、中盤で偽の核撃魔法を仕掛けて危機を煽り、笛の争奪戦で本性を現す。しかしこの二人の権力関係は最後まで明確には描かれず、観客の間でも「結局どっちが黒幕なの?」という声が多く上がりました。

カイエン国そのものは、水竜を守り神として崇拝する海底の平和国家です。巫女ユラが水竜への祈りを捧げる精神的支柱であり、長き眠りについた水竜の目覚めを待つ穏やかな文化圏。その内側で静かに野心を膨らませていたのがゾドンでした。

なぜ「説明不足」と批判されるのか

映画.comのレビューでは、低評価をつけた観客から敵役の動機が薄いという声が繰り返し出ています。知恵袋の回答でも8件中半数以上が同じ指摘をしていました。

この批判が生まれた原因は明確です。104分という尺の中で、映画がゴブタとユラの関係性にかなりの時間を割いた結果、敵サイドの背景描写が大幅に圧縮されたのです。

劇中で描かれなかった、もしくは一瞬で流された情報を挙げてみます。ゾドンがなぜ世界征服という野望を抱くに至ったのかという経緯。ジースとゾドンの間にどんな確執があったのかという権力闘争の詳細。偽核撃魔法がどこから来た力なのかという能力の出自。そしてゾドンが口にした「神」が何を指すのかという世界観上の位置づけ。

これだけの情報が欠けた状態でクライマックスに突入するため、リムルのメギドレイで消滅させられても、結局この人は何だったのかという感想になるのは無理もありません。

ゾドンのシーンを具体的に振り返ると、海底で暗躍する場面、偽核撃魔法を放つ場面、リゾート島の展望台でユラとゴブタの穏やかなマジックアワーに乱入する場面、そしてリムルに消滅させられるクライマックス。いずれもゾドンの行動は描かれていますが、その行動に至るまでの心理はほぼ描かれていません。前作「紅蓮の絆編」でも敵サイドの描写は限定的でしたが、蒼海の涙編ではカイエン国という新しい世界を丸ごと導入しているぶん、説明すべき情報量が格段に多かった。その情報量と104分の尺のバランスが取れなかったことが、批判の根本にあります。

堂本光一が語ったゾドンの内面|「描かれていない人生」を声に乗せる

ゾドンの動機を読み解くうえで、最大の手がかりになるのが堂本光一さん本人のインタビュー証言です。

映画ナタリーのインタビューで、堂本さんはゾドンの役作りについてこう語っています。設定や劇中では彼の人生の細かい部分やバックボーンは特に描かれていない、だからこそ描かれていない彼の人生みたいなものが少しでも声色を通じて表現できればいいなと思った、と。

さらに踏み込んで、ジースとの関係についてはこう解釈しています。ゾドンもこれまでずっとジースに押さえ付けられていた背景があったと思う、そこで積み重ねてきた感情だったり野心もあるのかなと勝手に想像した、と。

そして最も示唆的だったのが、反骨精神というキーワードです。堂本さんは、人間なら誰もが圧力やストレスの中で負の感情を抱えていて、ゾドンにもきっと過去にずっと積み重ねがあっただろうと語り、時にはそれが爆発することもあるんじゃないかと続けました。彼のある意味での反骨精神という部分においては自分もすごく共感できる、と。さらに自分自身もネガティブな感情や悔しさをバネにすることがあると重ねており、ため込んだ感情は仕事でしか晴らせないという言葉には、ゾドンの鬱屈と堂本さん自身の経験が重なっているのが伝わります。

声の演技面では、普段よりちょっと低めの声質を意識したと複数の媒体で語っています。興味深いのはテスト収録時のエピソードで、風邪でかすれていた声を音響監督から「そのかすれた感じがいいですね」と褒められたものの、本番では治ってしまったという裏話を明かしています。あのダンディな低音ヒールボイスは、堂本さんの意図的な作り込みだったわけです。

SCREEN ONLINEのインタビューでも、声でこのキャラクターがどういう人生を歩んできたのかを表現しなければいけないと語り、シェイクスピア舞台(ハムレット、リチャード三世)での経験を引き合いに出しています。第一声からその人物がどういう人物なのかを表現するという、舞台で培った技術をゾドンに注ぎ込んだ。2006年の「獣王星」以来20年ぶりの声優挑戦にもかかわらず、1人収録で相手役不在という難しい環境を、舞台俳優としての蓄積で乗り越えたことになります。

つまりゾドンの動機は、劇中のセリフでは説明されなかったけれど、堂本光一さんの声の演技には確かに刻まれていた。観客からゾワゾワする、爪痕を残したと好評だった演技の裏には、監督と堂本さんの間で共有されていたゾドン像があったのです。

「神の名を口にした」理由を考察する

知恵袋で特に多かった疑問が、ゾドンが「神」という言葉を口にした場面の意味です。

クライマックス近くの水竜覚醒を煽るシーンで、ゾドンは神の力や神となるといった趣旨の発言をしています。さらに「魔王どもなど恐るるに足りず!」というセリフからは、リムルたち魔王勢力をも凌駕しようとする野心が読み取れます。しかし劇中では、この「神」が何を指すのかは明確に説明されません。

ここで原作の世界観設定が手がかりになります。転スラの世界で「神」に最も近い存在は、星王竜ヴェルダナーヴァです。四体の竜種(ヴェルダナーヴァ、ヴェルドラ、ヴェルザード、ヴェルグリンド)は世界最強の存在として君臨し、その下に精霊竜やサリオン守護竜王といった龍族の位階が存在します。

カイエン国の水竜は、この龍族体系の中で精霊竜(エレメンタルドラゴン)クラスに位置する存在です。竜種四体には及ばないものの、精霊竜は世界屈指の力を持ちます。

なおユラの正体「水竜の心」と龍族設定の詳しい関係については、別記事で考察しています。

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ゾドンはこの水竜の力を完全に掌握することで、神に等しい力を手にしようとした。長年ジースの下で押さえつけられてきた男が、世界最高峰の力に手を伸ばし、自らを神と同列に置こうとしたのです。堂本光一さんの言う反骨精神の極致がここにあります。抑圧された者が、守り神すら征服の道具に変えてしまうという倒錯。それがゾドンの「神の名を口にした」行為の本質ではないでしょうか。

この構図は、転スラという作品が繰り返し描いてきた「弱者からの成り上がり」テーマの裏返しとしても読めます。リムルはスライムという最弱の存在から魔王にまで上り詰めた。対してゾドンは、天才の下で押さえつけられた大臣という立場から、神の力で世界の頂点を目指した。リムルの成り上がりが仲間との絆に支えられたものだったのに対し、ゾドンの成り上がりは孤独な野心と他者の力の略奪によるものだった。同じ出発点からの上昇でありながら、その手段と動機がまったく対照的。これがリムルのメギドレイによる一瞬の決着に、物語的な必然性を与えています。

なおルミナスが劇中で「どれ程の演算能力を…」と驚いた場面は、リムルの智慧之王(ラファエル)の能力への反応です。ゾドンが水竜の力を「神」と呼んだのに対し、リムルは演算能力という形で遥かに上位の力を行使している。この対比は、ゾドンの「神を名乗る」行為がいかに身の程知らずだったかを浮き彫りにしています。

ゾドンの力の正体|偽核撃魔法はどこから来たのか

ゾドンの能力面も劇中では十分に説明されませんでした。中盤で使った偽の核撃魔法は、本来なら限られた上位存在しか扱えないはずの大規模魔法です。

考えられる解釈は二つあります。一つは、建国以来の天才とされるジースの下で長年研究を重ねた結果、独自に核撃級の魔法を再現する技術を開発していた可能性です。もう一つは、巫女ユラの力(水竜の心)を部分的に搾取する方法を見つけていた可能性。精霊竜クラスの存在からエネルギーを引き出せば、偽核撃程度の魔法は十分に実現できるでしょう。

後者の解釈が正しいとすれば、ゾドンとユラの関係にも新たな意味が生まれます。堂本光一さんはインタビューでゾドンとユラの関係について「気になりますね」と意味深に触れていました。ゾドンがユラを単に利用対象と見ていたのか、それとも水竜の心を宿す存在に対する何らかの特別な感情があったのか。劇中では明言されていませんが、展望台のシーンでユラに対峙した際のゾドンの態度には、単なる追手以上の何かがあったようにも見えます。

いずれにせよ、ゾドンの力はリムルのメギドレイ(神之怒)の前にあっさり消し飛びました。神の瞳アルゴスとの連携で放たれた一撃は圧倒的で、Xでも「それを出されたらゾドン無理」と話題になっていました。神を名乗ろうとした者が、本物の規格外の力によって瞬殺される。この構図そのものが、ゾドンの悲劇性を際立たせています。

まとめ:ゾドンは本当に「薄い敵」だったのか

ゾドンの動機を整理すると、長年ジースに押さえつけられてきた天才が、水竜の力という世界を変えうるチャンスに手を伸ばし、精霊竜の力で神に並ぼうとする身の丈を超えた挑戦に出た、と読み解くことができます。

堂本光一さんの声の演技にはこの背景がしっかり刻まれていました。描かれていない彼の人生を声色で表現するという役作りは、劇中で語られなかったゾドンの物語を補完するものです。舞台挨拶でゴブタ役の泊明日菜さんに「この虫ケラが!って言って本当にすみません」と笑いを取った堂本さんですが、あの低く威圧的なイケボの裏には、シェイクスピア舞台で鍛えた緻密な人物解釈があったわけです。

ゾドンが「薄い」と感じられた最大の理由は、ジースとの権力関係が序盤で明確に描かれなかったことにあります。公式設定ではジースの命令を受けて動いているとされるゾドンが、劇中では独断で暴走しているようにも見える。もし二人の主従関係が早い段階で提示されていれば、ゾドンの反旗が持つ重みはまったく違ったはずです。

つまりゾドンは、設定上は奥行きのある敵だったが、映画の尺と構成の都合で描写が削られてしまったキャラクターと言えます。伏瀬先生が完全監修している以上、設定の深みがなかったわけではない。104分でゴブタの成長物語とユラとの恋愛を描ききるために、敵サイドの背景が犠牲になったのです。

もし今後4期でカイエン国の設定が掘り下げられるなら、ゾドンやジースの関係性がより明確になる可能性もあります。海底世界という新しい舞台は、転スラワールドの拡張として十分な素材を持っている。水竜の存在がヴェルドラたち竜種との関係でどう位置づけられるのか、蒼海の涙編で撒かれた種が本編でどう回収されるのか。そこにゾドンの野心の真の意味が隠されているのかもしれません。

ゾドンを単なる薄い敵と切り捨てるのはもったいない。堂本光一さんが声に込めた怒りと反骨を思い出しながら、もう一度あのクライマックスを振り返ってみてください。描かれなかったゾドンの人生が、きっと聞こえてくるはずです。

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橙咲 華のアバター 橙咲 華 トウサキ ハナ

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