2026年4月28日、財務省の財政制度等審議会(財政制度分科会)が一つの提言を打ち出した。「高齢者の医療費窓口負担を、できる限り早く現役世代と同じ原則3割とすべきだ」という内容だ。
この提言をめぐる報道には、わずか数時間でコメントが100件を超えた。賛否は真っ二つに割れ、「ようやく公平になる」という声と「年金生活者への打撃だ」という声が、それぞれ強い言葉で並んでいた。
なぜ今、この議論が動き出したのか。背景には三つの事情がある。
一つ目は財政圧力だ。2024年度の国民医療費は推計48.0兆円。このうち75歳以上が占める割合は約40.8%(19.6兆円)に達する。75歳以上の1人当たり医療費は97.4万円で、75歳未満(25.4万円)の約3.8倍にのぼる。高齢化が進むほど、この差は社会保障財政に重くのしかかる。
二つ目は政治的な文脈だ。2025年10月に発足した自民・維新連立政権は、合意書に「年齢によらない真に公平な応能負担の実現」を明記した。財政審の提言は、その流れに沿ったものでもある。
三つ目は、現役世代の負担増が続いていることだ。後期高齢者医療制度を支える「後期高齢者支援金」は毎年増加しており、現役世代の保険料を押し上げてきた。75歳以上の医療保険料が2026年度に月平均7,989円と過去最高になる見込みで、さらに支える側の負担も上昇し続けている。
この記事では、財政審の提言内容を整理したうえで、この問題が含む「答えのない3つの問い」を検討する。政治的な正解を示すものではない。親世代も子世代も、それぞれの立場で考えるための素材を提供することが目的だ。
制度の現状:1割・2割・3割、どう決まるのか
まず現行制度を整理しておこう。医療費の窓口負担(自己負担割合)は、年齢と所得によって区分されている。
| 年齢区分 | 窓口負担割合 | 補足 |
|---|---|---|
| 69歳以下 | 原則3割 | 義務教育就学前は2割 |
| 70〜74歳 | 原則2割 | 現役並み所得者は3割(該当約11%) |
| 75歳以上 | 原則1割 | 現役並み所得者は3割(約7%)、一定所得以上は2割(2022年10月〜) |
75歳以上(後期高齢者)の多くは、長らく1割負担だった。しかし2022年10月に制度が変わった。一定所得以上(単身で年収200万円以上など)の後期高齢者に対して、2割負担が導入されたのだ。対象は被保険者全体の約20%。多数派には影響が及ばない範囲での導入で、大きな政治問題化は回避された。
当時は配慮措置も設けられていた。2割になっても、1ヶ月の負担増加額が3,000円を超えない上限が設けられていた。この配慮措置は2025年9月30日をもって終了している。現在、2割負担の対象者は配慮なしの2割を全額払っている。
制度として押さえておきたいのが「外来特例」だ。70歳以上には、外来診療に限って高額療養費の個人単位の上限額が設けられており、月あたりの外来自己負担に事実上の天井がかかる仕組みになっている。財政審の提言では、この外来特例の廃止も論点として挙げられた。廃止されれば、外来で高額の医療を受けている患者への影響は小さくない。
現在3割負担が適用されているのは「現役並み所得者」と呼ばれる層に限られる。70〜74歳で約11%、75歳以上で約7%が現状だ。今回の提言は、この多数派にも3割を適用しようという内容になる。
提言の中身:3点セットの読み方
財政制度等審議会が2026年4月28日に打ち出した提言は、大きく三つに分けられる。
①75歳以上の窓口負担を原則3割に
増田寛也分科会長代理は記者会見で、「若年層の保険料負担を減らし可処分所得を増やすことを加速したい」と述べた。70歳以上全体を対象に「可及的速やかに現役世代と同様の原則3割」とする方向で、2026年度内に具体的な工程表を策定するよう政府に求めている。
②外来特例の廃止
前述の外来上限措置を廃止し、所得に応じたきめ細かい仕組みに移行するという方向だ。外来だけで高額の医療費がかかっている慢性疾患の患者にとっては、実質的な負担増になる可能性がある。
③介護保険の2割負担対象拡大
2025年12月の閣僚折衝では、介護保険の2割負担対象拡大について「2027年度前に結論を出す」と合意済みだ。医療と介護、両面からの負担増が同時に議論されている形になる。
これらの背景にある数字を改めて確認しておこう。国民医療費48.0兆円のうち、75歳以上が約40.8%(19.6兆円)を占める。1人当たりの医療費は75歳以上が97.4万円、75歳未満が25.4万円で、差は約3.8倍だ。一方で75歳以上の窓口負担は現状1割(一部2割)と低く抑えられており、その差を現役世代の保険料と公費が支えている構造になっている。
ただしこれはあくまで「提言」であり、法改正の決定ではない。いつ、どのような内容で実現するかは、今後の政治プロセスと世論次第だ。財政審の提言は制度改革の起点にはなるが、過去にも「提言→政治的抵抗→修正・先送り」という流れを何度もたどってきた経緯がある。
第1の問い:「世代間公平」とは、いったい何か
この提言に対して、賛否の声は真っ二つに割れている。それぞれの論理を、できるだけ丁寧に見ていこう。
賛成側の論理
現役世代が支払う保険料のうち、一部は「後期高齢者支援金」として後期高齢者医療制度に拠出されている。この拠出額は毎年増加しており、現役世代の保険料を押し上げてきた。賛成側は「同じ医療を受けるなら、同じ割合で負担するのが筋だ」と主張する。
年齢による一律の優遇は「能力に関係なく高齢者を守る」という設計だが、高齢者の中にも高所得者はいる。現役並みの資産を持ちながら1割しか払わないのは不公平だ、という指摘は一定の説得力を持つ。
健保連(健康保険組合連合会)は「70〜74歳の窓口負担を一律3割に」と長年求めてきた。組合員(現役世代)の保険料増加が続くなかで、受益者側の負担が低すぎるという問題意識だ。第一生命経済研究所の試算によれば、物価上昇局面で診療報酬が1%引き上げられると医療費は約4,800億円増加するという。社会保険料への転嫁も約2,400億円増と試算されており、現役世代の実感として「払うばかりで恩恵が見えない」という不満は、数字としても裏付けられている。
慎重側の論理
対して慎重側が指摘するのは、「高齢者の年金生活の実情」だ。厚生年金の平均受給額は月14万円前後とされる。国民年金のみの受給者はさらに少ない。年金から家賃・食費・光熱費を払い、医療費が3割になれば、月の手残りが圧迫される層は少なくない。特に持病を抱えて複数の診療科に定期通院している場合、月の医療費は数万円単位になることもある。
「受診控えが起きる」という懸念もある。負担が増えると、本来受診すべき状態でも通院を我慢する高齢者が出てくる。軽症のうちに治療すれば安くすむものが、重症化して逆に医療費が増えるという逆説も、専門家から指摘されている。日本医師会も、負担増に対して慎重な姿勢を示している。
2008年に後期高齢者医療制度が創設されたとき、「姥捨て山」という言葉とともに強い批判が起きた経緯がある。当時の政権は大きなダメージを受け、制度の見直しを余儀なくされた。負担増をめぐる政治的なコストは決して小さくない。
「公平」の定義が、そもそも一つではない
賛成側が言う「公平」は「同じ医療サービスには同じ負担率を」という水平的公平だ。慎重側が言う「公平」は「払える能力に応じて負担する」という垂直的公平だ。
どちらが正しいとは言えない。これは価値観の問題であり、社会がどちらを優先するかという選択の問題だ。制度設計の世界では、この2つの「公平」は常に緊張関係にある。完全な水平的公平を実現しようとすれば低所得高齢者を傷つける。完全な垂直的公平を実現しようとすれば財政効果が薄れる。どこかで折り合いをつけるしかない──それが政策の本質でもある。
| 論点 | 賛成側の主張 | 慎重側の主張 |
|---|---|---|
| 負担の公平性 | 年齢ではなく支払能力で判断すべき | 年金生活者には3割は重すぎる |
| 現役世代への影響 | 保険料負担を軽減できる | 受診抑制で重症化、医療費が増えるリスク |
| 財政への効果 | 給付と負担のバランス是正が急務 | 低所得高齢者への打撃が大きい |
| 制度設計 | 応能負担の原則を徹底すべき | 激変緩和・例外設計が不可欠 |
この問いに「正解」を出すのは、この記事の役割ではない。ただ、どちらの立場にも一定の根拠があることを知っておくことが、この議論に向き合うための最初の一歩になる。
第2の問い:「応能負担」の落としどころはどこか
仮に3割化に進むとして、次の問いは「誰を対象にするか」だ。財政審は「原則3割」と言うが、「原則」という言葉が示すように、例外の設計が実質的に制度の公平性を左右する。
「所得」の定義問題
現行制度では「現役並み所得」の判定に、課税所得(給与や年金から各種控除を引いた額)が使われている。しかし高齢者の資産は、不動産や金融資産として蓄積されているケースも多い。フロー(収入)だけで判定すると、年収は低くても多額の金融資産を持つ人が低負担のままになる。
この点について、自民・維新の連立政権合意書は「金融所得も反映した応能負担」に言及している。金融所得の把握を強化することで、実態に即した負担設計を目指す方向だ。ただし、金融資産の正確な把握は制度設計として複雑であり、どこまで実現するかは現時点で未確定だ。
激変緩和措置の重要性
過去の事例を振り返ると、2022年10月の2割負担導入には3年間の配慮措置が設けられた。1ヶ月の増加額が3,000円を超えないようにする上限だ。今回も同様の激変緩和措置があるかどうかで、家計への影響は大きく変わる。
慢性疾患を抱え、毎月複数の診療科に通っている高齢者にとって、激変緩和なしの3割化は月数万円単位の負担増になり得る。特に外来特例が廃止された場合、外来に限った上限がなくなるため、通院頻度が高い患者への影響は大きくなる可能性がある。
低所得高齢者をどう守るか
住民税非課税世帯の高齢者は、現行でも1割負担のまま据え置く方向が想定されているが、「非課税」の範囲をどう設定するかは論点だ。「3割化は所得のある人だけ」という設計にするほど、対象が絞られて財政効果は薄れる。対象を広げれば、低所得の高齢者への打撃が大きくなる。
この矛盾をどこで折り合いをつけるか。それが政策立案者にとっての本丸であり、現時点ではまだ答えが出ていない。「応能負担」という言葉は正しい理念だが、「誰がどれだけ応じるか」という問いに答えることが、制度設計の難しさの核心にある。
第3の問い:親世代と子世代、どう話せばいいのか
制度の話をここまで整理してきたが、多くの人にとってこの問題が現実になるのは、もっと具体的な場面だ。「親が病院に通っているが、医療費が今後どうなるか」「もし3割になったら、親の生活は大丈夫か」。そんな心配を抱えている40〜60代は少なくない。
まず、現状を把握することから
親がいくらの年金を受け取り、毎月の医療費がどの程度かかっているかを把握している子世代は、意外と少ない。「なんとなく大丈夫だろう」という感覚のまま、問題が顕在化してから慌てるケースも多い。
まず確認したいのは、親が現在何割負担なのかという点だ。後期高齢者医療の保険証には負担割合が記載されている。あわせて年間の医療費の概算を把握しておくと、3割になった場合のシミュレーションがしやすくなる。下の表は通院パターン別の試算だ。実際の負担は診療内容・高額療養費制度の適用によって異なるが、目安として参考にしてほしい。
| 通院パターン | 年間医療費(目安) | 1割負担 | 2割負担 | 3割負担 |
|---|---|---|---|---|
| 軽度(年数回) | 約10万円 | 約1万円 | 約2万円 | 約3万円 |
| 中程度(月1〜2回・慢性疾患1種) | 約30万円 | 約3万円 | 約6万円 | 約9万円 |
| 重度(月3〜5回・複数疾患) | 約80万円 | 約8万円 | 約16万円 | 約24万円 |
「家族でお金の話をする」という難しさ
医療費の話は、生活費や貯蓄、将来への不安と直結するため、親に切り出しにくいと感じる人が多い。特に「親のお金がどのくらいあるか」という話は、親の側も子の側も構えやすい。
一つの切り口は、「制度が変わるかもしれない」という外からの話題として入ることだ。「ニュースで見たんだけど、後期高齢者の医療費が変わるかもしれないらしくて」という入り方なら、親を責める文脈にならない。そこから「今どのくらいかかってるの?」と実態を聞くことが自然な流れになる。
親世代は「子に心配をかけたくない」、子世代は「お金の話で揉めたくない」という構造が、対話を先送りにしがちだ。しかし制度が変わる可能性がある今だからこそ、答えが出なくてもいいから話しておくことに意味がある。「うちはどうなるんだろうね」という問いを家族で共有すること自体が、出発点になる。
同居家庭に知ってほしい「世帯分離」の話
子と同居している高齢者の場合、子の収入が親の医療費負担の判定に影響することがある。子の所得が高いと、同居の親が「現役並み所得」と判定されてしまうケースがあるためだ(世帯合算の判定基準による)。この場合、「世帯分離」によって親だけを別世帯にすることで、親の負担を下げられることがある。
ただし世帯分離には、介護サービス費の負担区分や高額介護合算療養費制度への影響もあり、単純に「得か損か」とは言えない。家族の状況と自治体の窓口に確認したうえで判断することをすすめる。「世帯分離すればいい」と単純に考えると、思わぬ影響が出ることを知っておきたい。
兄弟が複数いる場合の「分担」という問題
別居の兄弟が複数いる場合、親の医療費を誰が負担するかという問題が生じることもある。法律上、子の扶養義務は「余裕のある範囲で」というのが原則だが、現実の家族関係ではそれが摩擦を生むことがある。
「3割化で親の負担が増えたとき、どうするか」をあらかじめ兄弟間で話しておくことは、いざというときの混乱を減らす。「誰が払う」より先に「親自身がどう考えているか」を親から聞いておくことが、実は一番の出発点だ。親自身が「子に頼りたくない」と思っているのか、「万一のときは子に相談したい」と思っているのかによっても、家族の動き方は変わってくる。この問いには制度的な正解がない。各家族が、それぞれの関係性のなかで考えるしかない。
答えを出さないまま、考え続けることの意味
75歳以上の窓口負担3割化は、「決まった話」ではない。財政審の提言は入り口であり、法改正・施行には政治的な議論と工程表の策定が必要だ。「2026年度内に工程表」という目標が示されているが、具体的な内容はこれからだ。
ただ、「どうせ変わるから考えても仕方ない」という態度も、あまり賢明ではない。制度が変わるとしたら、激変緩和措置はあるのか、低所得者の例外はどう設定されるのか、外来特例の廃止はどのタイミングか。そうした細部によって、実際の家計への影響は大きく変わる。
第1の問い「世代間公平とは何か」には、一つの正解がない。水平的公平を重視するか、垂直的公平を重視するか、どちらの「公平」を選ぶかは社会全体が選択することだ。第2の問い「応能負担の落としどころ」も、所得基準・激変緩和・低所得者保護のバランスをどう取るかという、本質的に難しい問いだ。第3の問い「家族内でどう話すか」は、制度の正解とは無関係に、それぞれの家族が取り組むしかない問いだ。
この3つの問いは、答えが出ないまま私たちの前に残り続ける。でも考え続けることをやめなければ、それは社会にとっても家族にとっても、無駄ではない。

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